私も「毒親」に苦しんでいます。 [メディアまわり]
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私も「毒親」に苦しんでいます――。 勉強や進学を押しつけられた母との葛藤をつづった女性の投稿に、 共感の声が多く寄せられました。親と距離を置こうとするのは、 親不孝?
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私も「毒親」に苦しんでいます――。
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トピックは「毒親」。
実はうちもそうです。
でも声を大にして言うことはなかなかできない。
誰もが親に感謝しろ、親不孝なお前が大人げない・・・そう言うのは目に見えているからです。
虐待やネグレクト、家庭内暴力といった問題が多く語られるようになって、親だからといって全面的に正しいわけではないし、尊敬されてしかるべきでもない、ということは広く知られるようになったけど。
暴力がなく、ちゃんと教育を受けさせ、食べさせているとなると、なかなか・・というのがあった。
最近は、モラハラといった精神的な暴力も認知されてきたので、そこへきて毒親がちゃんと認知されてきたのもよかったと思う。
私は今実家に期間限定で仮住まい中。
親との間には本当に長い葛藤があったなかで、30歳をすぎてだいぶ大丈夫にはなってきたが、まだまだ不完全。
親との1か月以上の同居はありえません。
今は短期的に身を置かせてもらっているだけなので、なんとかギリギリ耐えられている状況。
30歳をこえてだいぶ大丈夫になった理由ははっきりしている。
親との関係に関しては、子どものころからずっと悩んでいて、、でも親がおってこれないような外国に移住するくらいしか解決策がなかなか見えない中、
やはり同じような経験をしている人たちの経験談やそれに対しての精神科医の人たちの回答など、いろいろと読んだりするなかで、自分で決めたのです。
私は親が大嫌いだけど、それは悪いことではない。
親を好きになれない自分を責めるのはやめよう。
私は親が大嫌いでいい。
それを態度に表していい。
それで、大人げないだとか責められることもあるかもしれないが、そんなのは無知な他人のいうことだ。
意に介さない。
私は自分の人生を生きる。
やりたいことをする。
言いたいことを言う。
親に支配はされないし、私の人生の邪魔をさせない。
親に怒りを表明する。
親に言いたいこと言う。
そう決めたのです。
しかし、最初から完全にうまくいくわけではない。
それでも気づいたのは、私は本当に親にものを言えない子供だったということ。
親に気をつかって生きるよう、教育というか洗脳されてきたのだと思います。
だから最初は親に言い返すことひとつが、すごく大変だった。
最初は親もめんくらったし、ばかにしていたと思う。
あらあら、怒っちゃって、はいはーい。
泣くなんて、いやーねー。恥ずかしい。
機嫌が悪いのね、当たらないでちょうだいよ。
みたいなね。
今まで私の尊厳を踏みにじろうが何しようが許されてきたわけだから、急に怒ったところで、今日だけ過敏になってるのかしらー、みたいな感じになってしまう。
だから犬のしつけと一緒ですね。
こっちの本気度を、お前が悪いんだということをわからせるためには繰り返し、意思を示さないといけない。
こっちは機嫌が悪くて当たっているわけではない。
でも、もはやとっくの昔に社会に出た私。
親との関係なんて、なくても生きていけるし、それだけに拘泥していては、怒りにとらわれて人生を損してしまう。
だからなるべく親とは距離をおいて、それとは関係ないところで、人生を発展させるように努める。
それでもやはり親との関係性というのは、すべての人間関係のおおもと、根源にある大切なところ。
逃げているだけでは、、と思う。
いや逃げていてもいいんだけど、ベストなのは、解決し、解消すること。
というバランスでやってきた。
で、今回。
だいぶスムーズに怒れるようになったなと思いました。
以前はもろ刃の刃というか、親に対して怒るときには、自分にももろ刃の刃で、すごく精神的にもきついし、ダメージがあったけど、今回は、もちろんそういうところもあるけど、根幹からぐらぐらはしなくなった。
自分は正しい。
間違ってない。
と、自信をもてるようになった。
それでも、すっかり忘れていた、久々の親への激しい怒りに、改めて重大なことを確認してしまった。
私は大学受験のころに、精神状態のバランスをだいぶ崩して、摂食障害と鬱と自傷・・・みたいな感じになった。
原因は親の過干渉であることは、自分ではよくわかっていたけど、他人のせいにしている、と思われるのも嫌だし、自分でも自分の弱さを他人のせいにしているだけなのか・・?という思いがあったので、あまり声を大にしてはいえなかった。
たぶんそうだとおもう・・という感じ。
でも世間は、まあ大学受験だし、高校での人間関係とか?みたいに思っていたのかも。
そしてそれまで何もなかったのかといえばそんなことはない。
私は幼稚園のころからずっと、しょっちゅう原因不明の体調不良を繰り返していて、自律神経失調症と言われていたし、11歳ころにはすでに、私は親が嫌いで好きになれない、どうしよう・・・と悩んでいたのも覚えている。
さて、でもそのあたりのことはすべてやはり親のせいだったんだな、と今回確信しました。
親はストーカーのようだった、いつも。
君が心配させるから悪いんだよ。
君のことを考えてのことなんだよ。
と言いながら、家のドアをどんどんたたき続け、電話をならし続け、部屋の鍵をこじあけてくるような。
もしくは、私がケーキのろうそくを吹き消そうとしていると、母親がやってきて自分で吹き消してしまうような人。
もしくは、まずやらせてみようとしないで、それじゃだめだとか、あれじゃだめだとか色々とけちをつけて、母親のタイミングで母親のいうとおりにやらせようとして、そのころにはもう私はそのイベントを全く楽しめなくなっていて、母親のために演じてあげるタスクになる、というような。
今回、私は転職をして新しい職場への初日の出勤を実家からしました。
親は気が小さいので、初日わたしが遅刻しないできちんと出社できるのか前の日からそわそわしているのがわかります。
とはいえ私はもう40近い、いい大人。
70過ぎた、両親に心配してもらうような話ではありません。
明日起こさないでいい?
と聞いてくる親に、「起こさないでいい」と言っておきました。
親は私が何時に家を出ていくつもりか知りません。
もしも起床時間や出発時間を親に伝えておいたら、それこそ大変です。
その間、親はそわそわし続け、私の脇に立ってどうでもいい質問をし続け、その服装はどうなのかとか、食べていきなさい、もう時間がないんじゃないの、急ぎなさい、、、と、、、ずっとまくしたてられて朝から疲れてしまうこと請け合い。
なので、言いません。
さて親はラッシュを避けて早朝通勤する気なのではないか・・そう、勝手に想像はしたのでしょうが。
そんなことをするとも言っていません。
はたして、
朝5時半、親は起こしにきました。
朝6時、もう一度私の部屋にやってきました。
・・・
なので、私は出勤前に親に説教をしたわけです。
起こさないでいいって言ったよね?
私が嫌がるのをわかっててやってるよね?
わちゃわちゃと騒がれると、こっちがリラックスできないから辞めてほしい。
親もそう私に言われれば、わからないことはないはずです。
親も、昔から、「過干渉だ、お母さんに聞いてるんじゃない、娘さんに聞いてるんだから、お母さんは黙って」とかよく病院で先生に言われていました。
私の、同様のことは、もう何度も何度も親に訴えているので、私が嫌がることを親はわかっているはず。
そして私は思い出しました。
受験期、このようなことを毎日やられたのです。
親はずっと私の部屋を見張っていて、ちゃんと勉強しているか、抜きうちでチェックに訪れます。
私以上に、親がピリピリと緊張してしまって、でも自分が何をできるでもない親は、その言ったからって何にもならない不安をわたしに容赦なくぶつけてくる。
親の不安の苦情受付だけで、私の貴重な時間と労力が奪われ、人生がつぶされていく、という感覚。
大人になった今は、嫌なら出て行って二度と親に会わなければいい、という選択もできるけど、子どもは逃げ場がない。
さぞかし具合が悪くなったことだろうと思う。
受験期には、さぞかしストレスだったろうし、親に私は人生をつぶされたんだな、と確信してしまった。
あの時、親が狂騒的になっていなければ、私は自分で自分の進路をマイペースに目指すことに対して意欲を奪われたりもしなかっただろう。
まあでも過ぎたこと。
ただ、もう直感的に確信した。
私はやっぱり親につぶされたんだなと。
というわけで、まあ貴重な実家への滞在でしたね。
これからだって、まだ油断はできない。
親につぶされないように、私は自分の人生を生きていく。
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