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いい年こいてアイドルにハマることのいいこと、悪いこと。 [BTS]

表題のとおりで、キモイ自分にとまどっている最近の私に、以下の記事がクリーンヒット!


アイドル好きは「むしろ大人になってから」の理由 「仕事に疲れているとハマる」の声も





”ファンの間では、疲労によって思考力や判断力が鈍っているときに、アイドルの魅力に気付かされる、ということがよく言われている。仕事に疲れた心のすき間に、アイドルが入り込む――。まさに「いい年をした大人」ならではのハマり方といえるだろう。”

なるほどね!マツコ・デラックスががハロプロを見て心を浄化している」と以前言ってたそうだが、わかるわ、マツコは今は猫動画にめちゃくちゃハマってるとよくテレビで言ってるし。

アイドルがわちゃわちゃしている動画と、複数の子猫がじゃれあってたり、猫とあそぶ動画はすごく似ているよな、効果効能が・・とちょうどここ数日、私も思い始めたところだったもの。なんの生産性もないようでいて、とりあえずバスタブつかるくらいの癒し効果があるのだ。

ただし依存性がある。それがアイドル初心者の私は怖い。

特に素の姿を見せてるふうの動画を習慣的に見て癒されるようになると、本当に身近な人だというような錯覚がおきてくるのが超こわい。

私は見ていなかったが、多くの人がテラスハウスにハマり、番組の内容をリアルと錯覚し、出演していた女子プロレスラーの若い女の子が誹謗中傷を苦にして自殺してしまったが、何も日本に限ったことではなくて、世界中で同様の現象が起きている。リアリティ番組に人々が熱狂し、ヒール役を演じさせられた子にSNSで誹謗中傷が殺到し、自殺にまでいたってしまうというね。。。それを想起させるのだ。

つまり、メディアの中でのことなのに、メディアといってもSNSとかYoutubeで流される動画っていうのは、もう日常の一般人同士のコミュニケーションにもなっているから、現実と虚飾の区別、また大スターと知り合いの区別がつきづらくて混同してしまいそうな自分がいるのだ。

そしてBTSがこんなに人気になった要因の一つには、ファンとのつながり維持に、こまめなネット発信を有効活用してきたせいではないかとも言われている。

そう思うと、彼らがプライベート風の発信をするのが、時代とすごくマッチしているのだろう。

テレビと違って、SNSは世界中から見られるし。

コロナ禍で今みんなネット上のエンタメに費やす時間がさらに長くなっている傾向になるし。

さらに、最近のNijiUもそうだが、オーディションから放送し、怒られたり、プレッシャーで泣いている姿などもあえて放映して、アイドルとして成長していく姿を応援させる、という手法は、日本でも20年くらい前からあったけど、それも素の姿っぽいものを見せていく手法で、やっぱりハマらせるのに強力な手段なんだろうなあ。

さて、まずアイドルにハマる悪いことの一つは、先に上にあげたことじゃないかと思うんだけど、昨日ぞっとする経験をした。

帰宅途中、道を歩いていて、ふとBTSのメンバーの笑顔を、近所の顔見知りの子ども達とか、同じ会社の隣の部署の人たち、または自分の部署の後輩みたいな感覚で、そんな知り合い的な距離感で、ふふふっと微笑ましく思い出したのだ。

そんな自分に心底ゾッとしたんだよな。

いやいやいや、実在してないから!と、あわてて否定しつつも、いやでも実在してるんだよな、と、実在してないつもりで発信すると、花ちゃんみたいなことが起きてしまうわけで、実在はしている。そのバランスの危うさ。

人としては実在してるのに、発信されている内容は、実態とは乖離しているはず、というそのバランスをとるのが難しい時代だなとつくづく思った。

今までだって、ドラマにハマったり、漫画にハマったりすることはあった。

思えば朝ドラあまちゃんにはハマったよなあ。そして今私は、まさに、あまちゃんを見るような気持ちでBTSを見ている。

でもあまちゃんは創作で、BTSは実際に起きている現象・・?いや、人間だから!実在。

あまちゃんは創作だってわかってるから安心できたけど。。

そして今までだって大好きなアーティストはもちろんいた。ニルヴァーナとか、最も熱狂的にハマっただろう。

でもまだインターネットが普及する前の時代だから、たまにBEAT UKとか、深夜の音楽番組でちらっと動く姿を確認できるかくらいで、当時はロッキングオンの記事と、CDと、ミュージックビデオくらいしかない。

好きなアーティストを愛でることは、その作品を愛でることとほぼ同義だった。

その意味では、好きなアーティストというものは、好きなアーティストの創作物、つまり二次元みたいなもので、やっぱりドラマや漫画を愛でるのと同じくらい安心できる距離感があったよな。

いや、当時はそれでも、ハマりすぎて精神安定剤のように使っていて、中毒みたいになっていて、安心できる距離感ではなかったけど。

さてそうか、今はコロナの時代で、普通に自分の本当の友人や知り合いとも、SNSやらオンラインでばっかりつながってる。だから余計に距離感がよくわからなくなるんだなと思う。

この感じって、SFっぽい。

そしてどこか危険な香りがする。やっぱりリアルじゃないからな、おかしな感じになっていく気がする。もっと自分の生身の人生、生身の生活に関心と労力とを割かないと!と思う。

一方で、アイドルにはまるいいこともあるなと思った。

今日の私なんかは、なんかアイドルになったつもりで一日を過ごしてしまったわけで、激ヤバなんだけど、アイドルになった気持ちで過ごしてみると、いかに私は自分の外見の手入れを怠っているかにハッとしたわけだ。

服が適当で、化粧してなくて、髪型が酷いとかありえない。

どんなアイドルだって、最低限頑張れるところなのに!

もっと私、外見を全然底上げできるわけ。

先日も書いたけど、今世界で一番美しい顔といわれているキム・テヒョンだって、デビューほどない頃のVLOGとか見ると、みじんも絶世の美人感がないわけ。特にノーメークだと。なんなら私ルックスで勝てるのではないかと錯覚するぐらいに、フツーの子に見える。加えて当時は、まだ今のような魅せ方も確立されていなかったようで、ダンスもあんまりだし、今みたいな顔芸もあんまりだし、あまりパフォーマンス中に際立つ存在感がない。

そんな彼はいまや世界一美しい人だけど、色々自分の手入れや魅せ方を頑張ってきたんだろうと思う。

さらに英語とか日本語とか頑張って、筋トレして、ダンス頑張って、歌頑張って、作曲して、絵も描いて。

韓国アイドルはとっても頑張ってる。

パフォーマンスも勿論超頑張ってるけど、バラエティも全力で頑張って、SNS発信も頑張って、作詞作曲からアートディレクションまで、作り手としての実力も付けようとしてるし、ダイエットやボディメイク、化粧やファッションも頑張ってるし、もう全く美貌と才能に甘えてない。

私は歌ったり踊ったりできないんだから、せめて英語は負けたくないわ、と思った。

そして、外見を最大限美しく保とうとすることは良きことだ、という新しい価値観が降りてきた。

今まではあまりそう思ってなかった。日本では、こと外見については、生まれ持った美しさを羨ましがる傾向が強かったように思う。顔が小さいとか、脚が長いとか、ハーフ顔、とか色素薄い系、とか、そういう変えられないところ。だから、なんだか私は、美しい外見に価値を見出すことに対して、そっぽを向いてきた気がする。

だけど私と同じ東アジア人のアイドルBTSは、夢を与えてくれた。

たとえば私がビヨンセやリアーナやテイラーやアリアナになりたいと思ったって、人種が違いすぎて近づくことすら不可能だ。それに比べたら、圧倒的に近い外見の彼らが、その才能によって、姿の美しさまで世界で認められる。

私だって、努力すればもっと今よりは魅力的な生き物になれると思わせてくれる。

という、そういう前向きな気概を与えてくれるところあるんだよ、アイドルは。

あと、アイドルソングもいい。けっこう啓蒙的な歌詞が多いから、それに普通に励まされたりしてるし。

特にBTSはアイドル・・って思ってると、いやダンスとか歌とか演技力とか、タレント力とか、全部本業の人に負けてなかったりするから、本当に馬鹿にできないのが、啓蒙力高い。

さらに、それでも彼らは求められる部分、アイドル業もしっかり真摯にファンに感謝して、プロフェッショナルにこなしてそうなのが、いい大人な私も、しっかり人生頑張らなくっちゃと思わせてくれるのだった。


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